
お米、高いですね。
まぁ 今は何でも高くなりましたけど
先日ドンキに行った時、ふと「うまい棒」が目に入ったんですけど、
ずいぶんスリムになられていてびっくりしました。
子供たちの常食ですもんね、1本10円を維持しなくちゃいけないから大変でしょうね。
The Asahi Shimbun に昨今の備蓄米に関する記事がありました。
“Unlike 70 years ago, rice hardly one of life’s simple pleasures” になります、よろしくお願いいたします。
このところの米事情から、記者さんは宮本輝さんの小説「泥の河」を思い出します
そして、そのあらすじの説明に今日の勉強がありました。
Written with sensitivity and understanding, this is a story about “nobodies” living in the low-income quarters of Osaka in the 1950s, not long after the end of World War II.
“nobody”って
Nobody knows the truth.
「誰も本当のことは知らない」とか
There was nobody in the room.
「部屋には誰もいなかった」
ですよね
とすると
a story about “nobodies” living in ~ 「誰も住んでいないことのお話」⁇
一体誰についてのお話?
調べましょうか
“nobody” 「たいしたことない人、名もなき人」
「知らない人、知られてない人」「どうってことない人」つまり、私のような人を言うんですね
ということで本文記事は
「戦後ほどなくした1950年代の大阪の低所得者地区に住む、名も無き人々について繊細さと思いやりを持って書かれた」
こんな感じですかねぇ
“nowhere” にも同じような使い方がありました。
Ants appered from nowhere.
「アリがどこからともなく現れた」
a house in tne middle of nowhere
「何処って言うほどでもない、ど真ん中の家」⇒「田舎中の田舎の家」、「ポツンと一軒家」
ということで今日のブログのタイトルの答えです
” a nobody from nowhere”
今日もお付き合いいただきありがとうございました。
明日もこの記事を読み進めます
Be sure to come back tomorrow.