
今日も前回のブログ “juggle gigs:忙しいあなたならきっとできています。” に続き、The Asahi Shimbun・“Ex-news reporter finds his purpose in life at 59 as a Buddhist monk” を読んでいきます。
34年ぶりに再会した元同僚トダさんは会社を辞めた後の彼の人生について語り始めます。
幸せな結婚生活を送っていましたが、人間という存在そのものに対しての、何か信用しきれない・不安な気持ちが彼の中で次第に大きくなってきました。
トダさん曰く、そういった不信感は学生時代から持っていたそうです。
大義への情熱的な献身に魅かれ学生運動に傾倒しますが、組織の内側にある現実を目の当たりにしに徐々に気持ちが離れていきました。
時代はソ連や北朝鮮の抑圧的な政治体制が明らかになりつつある時でした。
そしてその当時の思いを語ったトダさんの言葉に今日の勉強がありました。
“People set out with all the good intentions to make the world a better place, but they end up with a state that is a far cry from what they originally sought to achieve,”
“a far cry “って遠くで誰かが叫んでるの!?
まずは知っている単語をそのまま繋げて、素直に直訳してみましょう。
「人々は世界をより良い場所にするという善意をもって出発するが、最終的には、彼らが元々達成しようとしていたものから『遠い叫び(a far cry)』である状態に行き着いてしまう。」
「遠い叫び」……???
と、言う訳で今日は「far cry」の深淵へと足を踏み入れたのでした!
Step 1:「far cry」を辞書で掘り返してみた
さっそく「far cry」を調べてみました。そこに躍り出てきた日本語訳を見て、思わず「あ、そういうこと……!?」と声を上げてしまいました。cryだけに。
【a far cry from …】
意味:〜とは大きく隔たっている、〜とはまるで違う、〜とは程遠い
ぜんぜん誰の叫び声でもなかった!! そしてホラーでもなかった!!
つまり、今日の一文はこう解釈するのが正解だったのです。
【スッキリ納得の意訳】
「人々は世界をより良くしようという善意を胸に出発するが、最終的には、彼らが元々達成しようとしていた理想とは『かけ離れた(程遠い)』状態に行き着いてしまうのだ。」
世界を良くしようとして始めたはずなのに、理想と現実のギャップが大きすぎて全く違う結果になっちゃった……という、人間の哀愁です。
Step 2:なぜ「遠い叫び」が「かけ離れている」になるの?
「意味は分かったけど、なんで叫び声(cry)が関係してくるの?」という新たな疑問が湧いてきますよね。
気になって語源を調べてみると、こんな話を見つけられました。
昔々、電話もネットもない時代。集落と集落の間の距離を測るのに、「大声で叫んで、声が届く範囲(a cry)」という単位が使われていたそうです。
- within a cry = 叫べば声が届く距離(近い)
- a far cry = 叫んでも絶対に声が届かないほど「遠い場所」
つまり、「大声で叫んでも声が届かないくらい遥か遠く離れている」という距離感から、転じて「内容や状態が、理想や予想から遥かにかけ離れている・まるで別物である」という意味になったのだそうです!
Step 3:日常で「現実厳しすぎ!」と叫びたい時の実践例文集
この「a far cry from」、理想と現実のギャップに絶望した時や、「昔と全然違うじゃん!」という時にめちゃくちゃ使えそうです。
1. 料理の理想と現実が違いすぎた時
- The pasta served was a far cry from its picture on the menu — I checked twice to make sure they hadn’t brought me someone else’s sad lunch. (出てきたパスタはメニュー写真とは大違いで、思わず「誰かの悲しいランチが間違って届いたのでは?」と2度確認した。)
この間の日曜日の出来事です。
2. リゾートホテルの写真詐欺に遭った時
- The tiny room was a far cry from the “luxury resort” promised on the website.(その狭い部屋は、ウェブサイトで謳われていた『ラグジュアリーリゾート』とは程遠いものだった。)
3. 現在の自分
- What I am is a far cry from what I dreamed I would be. It turns out “effort” was a bigger part of the plan than I expected. (今の私は、夢見ていた自分とは大違いだ。どうやら「努力」という要素が、思っていたよりずっと重要だったらしい。)
今の私の思いです。
「全く違う」と言いたい時、ついつい「completely different」を使いがちですが、「努力」してこの新たな表現を身に付けたいと思います。
今日もお付き合いいただきありがとうございました。
See you tomorrow.